▽インタビュー/秋田にホスピスを増やす運動を始めた:田口さん
●「秋田にホスピスを増やす会」発足のきっかけは。
今から7年前、妻が35歳のある日検査で末期の乳ガンが判明しました。それから
3ヶ月と20日で生涯を閉じました。闘病生活は最後の22日を除き、彼女にとってとても
辛かったと思います。最大効果の抗ガン剤が副作用のため使えず2番手の経口の
抗ガン剤を服用しましたが、右腕が丸太のように腫れて左腕で運ぶような状態でした。
ガン進行による痛みはモルヒネも効かないほどでした。『わたし、死ぬのかなあ。涙が
止まらなくなっちゃった』という彼女に、私は優しく返せる言葉も思いつきませんでした。
しかし最後の22日間は、県内で唯一ホスピスのある病院があることを知り、そこに入院する
ことができました。そこでは痛みを緩和でき、妻に笑顔が戻ったのです。
ここでは全員個室、トイレ付で、入院患者一人に対する看護師の数も一般病院より多く、
患者の心と体のケアだけでなく家族の精神的支えにもなってくれました。保険も使え料金も
総合病院と変わりませんでした。ここで妻は最後まで人間らしく安らかに過ごすことができました。
妻の他界後、このように患者にも家族にもありがたいホスピスは黙っていてもさらに増えていくはずと
思っていましたが、未だ県内で1ヶ所のみであることを知り、若い遺族である自分が動かなければと
考えました。
●ホスピスケアとは。
ホスピスとはただ死を待つところではなく自分が望む生活を少しでも取り戻すところ。治療不能な
ガンがもたらす様々な苦痛によって失われたその人らしさを回復するためのケアを提供してくれます。
痛みをやわらげ、じっくり患者の話に耳を傾け心のケアをしてくれるほか、家族の支援もしてくれます。
患者と家族の限られた時間を最優先で考えてくれます。保険適用にもなります。
県内唯一ホスピス病棟のある外旭川病院(秋田市)はまさにそのようなところでした。部屋には美しい花や
絵が飾られ、医師、看護師、ボランティアは、患者や家族の気持ちをじっくり聞いてくれました。
ソース
・http://www13.plala.or.jp/news21/shimen/0316_interview.html(一部略)
●現在どんな運動を。
現在秋田市に1ヶ所、13病床しかないホスピス病床を県内にもっと増やしていこうと、ホスピスで
家族を亡くした遺族を中心に昨年9月に『秋田にホスピスを増やす会』を発足させました。県内では
このホスピスへの入院を希望しながら希望叶わず入院できずに亡くなられた方はこれまで3年間で
90人、また3月 12日現在での入院待機者も12人います。
またこれまでホスピスが無かった岩手県では、『岩手にホスピス設置を願う会』の4年に及ぶ
活動の末、昨年2病院で合わせて34病床のホスピスができ秋田の病床数を越えました。
私たちも昨年9月に県へ嘆願書を提出しました。また様々な場で声を出していこうと、岩手での
ホスピスボランティア講習会で講師を務めたり、昨年の『21世紀の医療を守る県民の集い』で
『緩和ケアチームで大丈夫という発言もあるが専門の施設ホスピスも必要』と質問をし、また
今年開催された『がん医療県民セミナー』でも『今日の各講師の発言には施設ホスピスの
視点が抜けている』と発言しました。
それから昨年6月の『ホスピス病棟増設を』という新聞投稿もきっかけとなり、外旭川病院では
平成19年に県の認可を経てホスピス病床を増床する予定です。
●特に訴えたいことは
妻が亡くなった後、7歳と2歳の子どもの子育てで悲しみにひたっていられませんでした。
今は片親での子育てが妻からの最後のプレゼントと思い楽しんでいます。しかしラジオから
『千の風になって』が流れてくれば泣けてしまいます。秋田県は8年連続ガン死亡率全国1位ですが、
だからこそ逆に緩和医療、終末期医療の分野において全国の先進県になれるのではないかと
考えます。またできる範囲でいっしょに活動してくれる会のスタッフも募集しています。